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日本人は小型化軽量化が得意な民族として世界的にも有名です。街を走る車の3台に1台が日本独自の軽自動車であり、パソコンの3台に2台はノートパソコンです。軽自動車が普及してノートパソコンが主流を占めるのは日本独自の状況ですが、小型軽量化を好むのは日本人の歴史文化によるものです。

京都と江戸の往来が盛んだった江戸時代、日本人は東海道を歩いて旅をしていました。旅の装備は持って歩くので、小型軽量化したアイテムが求められました。それが非常時の薬を入れる薬篭であり、暑さから身を守る扇子だったのです。歩いて箱根の山を越え、川越人足で大井川を渡る旅が、日本人に小型軽量化の大切さを文化として埋め込んだのです。

一方、同じ時代の欧州では、人の移動は馬車が主力となっていました。荷物は馬車に積むので小型軽量化の必要は無く、頑丈で耐久性のあるアイテムが好まれる文化が生まれました。馬車が走る道は幅広く作られていたので、その道をやがて現代の自動車が走ることになります。やがて欧州からアメリカに渡った人たちは、広大な国土を走りぬくために、頑丈で乗り心地の良い自動車を求めました。

一時、アメリカでも小型の日本車が広がりましたが、それはガソリン価格の高騰に対する防衛手段であり、小さな車を好んでいたわけではなかったのです。そのためガソリン価格が下落すると大きなアメリカ車に需要がシフトするのです。アメリカ人が好むものは、大きく、頑丈で、強力なアイテムなのです。

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「このかばんは誰のもの?」と聞かれて「私の!」という場合、日本人なら自分の顔を指さしませんか? この光景を見てアメリカ人が笑いました。「あなたの指がさしているのはただの鼻だよ」。それなら「私」という場合にアメリカ人ならどこを指すの? 「それは私におまかせください!」と言った時の彼の右手は、左の胸を押さえていました。「人のハートはここにあるだろう」と言うのです。

これは、日本人が私と指さしているのは、鼻ではなくてその奥にある脳を意識しているのでしょう。それに比べてアメリカ人は、自分の存在は心臓を意識しているのです。日本人は頭(ブレイン)で物事を考えるのに対して、アメリカ人は心(ハート)で考えるのです。

ところで、日本で裁判を受ける場合は、裁判員裁判を除くと、プロの裁判官が申し立てを頭で考えて、正しい判決に導きます。一方、アメリカで裁判を受ける場合は、陪審員で数名の一般人が心で考えて、正しい評決に導きます。

つまり日本人とビジネスをするには理性に基づいた表現が有効なのに対して、アメリカ人とビジネスをするには感情に基づいた表現が有効なのです。自動車の広告を日米で比べると、走りの性能や取り回しの良さなど性能面を訴える日本のウェブサイトに対して、ラグジュアリー感やデザイン面を訴える米国のウェブサイトに、日米の違いを感じていただけると思います。

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